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大阪高等裁判所 昭和24年(を)4488号 判決

被告人

石井完

外二名

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

検察官の本件控訴理由の要旨は、原審は本件公訴事実中建造物侵入の点につき無罪の言渡をしたけれども、これは明らかに事実認定を誤まり且つ法律の解釈を誤まつたものであると主張するにある。

本件控訴事実中建造物侵入の要旨は、被告人等は株式会社日本電気製鋼所の従業員であるが、同会社従業員四十名は昭和二十二年十月十一日労働組合を結成し、数日後は全日本機器労働組合に加入した。被告人等は会社との間に団体協約を結ぶべく昭和二十三年六月十五日より数次に亘つて交渉を行つたが、同年七月二十五日の第三回目に交渉打切りとなり、翌二十六日会社は工場整理のため臨時休業をなす旨及び会社工場に無断で立入ることを禁止する旨工場正門に掲示した。組合側はこれに対し、同日会社に対し闘争宣言を発し、同月二十八日頃より所謂生産管理の準備に入つたが、会社側は翌八月二日付で同月六日午前七時を期し工場を閉鎖し、各組合員を馘首する旨通知したため、組合側は職場大会を開き、同月五日午後四時から生産管理に入る旨、宣言すると共に、これを会社に通告し爾来会社の意思に反して工場を占拠し、生産管理を断行したのであるが、昭和二十三年十二月中旬には生産皆無となり、生産管理は形式的にも実質的にも結了したものと認むべき状態になつたので、会社側は、昭和二十四年一月二十一日、被告人石井完宛工場を明渡して立退くべき旨及び通告後は社長の許諾なくして、工場に立入ることを禁止する旨通告し、被告人等はいずれも右通告に接しながら、依然として工場の明渡を為さず工場内に立入りこれを占拠し、以て社長田村八郎看守に係る工場に故なく侵入したというにある。

而して原審は本件生産管理が既に少くも昭和二十三年十二月中旬には生産中絶の形となり、生産を為し得ず生産管理の実なきに至つたのであるから、組合側は事ここに至つては速に会社側に工場を明渡すべき義務があり、被告人等がその後も依然として工場に出入し不法占拠を継続していた事実並びに会社側の退去要求の事実は認められなけれども、会社側は単に通告を発したに止まり工場の占有を回復したことの証明がないから、たとえ被告人等組合側が工場を不法占拠した事実があつたとしても、本件建造物侵入は罪とならないと説示しているのである。而して右説示に係る事実は原判決引用の証拠によつて充分に認められ記録を精査しても事実誤認の疑はない。

検事は原審の公判で起訴状にいわゆる看守とは右会社々長が揖保郡の社長自宅において自己の会社を絶えず見守つていたことであると釈明している。而して刑法第百三十条にいわゆる看守とは看守をする者が当該建造物に施錠をしたり、番人を置いたりして、現実に当該建造物を事実上支配しているものと認められる関係がなければならないと解すべきである。右刑法の条文は建造物又は住居の現実の利用関係に対する侵害を処罰する趣旨であるから検事の主張するが如き現実の利用関係の存しない看守というが如きは、右刑法の条文の保護の対象とはならない。賃貸借契約の場合を引例して説明してみると、建物の賃借人が賃料不払のために契約が解除せられると、その後の賃借人の占有は民法上不法占有となるのであるが、此の場合に建物の所有者である賃貸人が建物からの退去を求め爾後、該家屋に侵入してはならないという通知を賃借人に対して為したならば、住居侵入罪(不退去罪)が成立するであろうか。此の場合も賃貸人は建物の占有を回復してない。いいかえれば賃貸人はいまだ現実に当該建物を利用していないのであるから、賃借人の現実の占有はたとえ民法上不法占有であつても、刑法上、住居侵入罪とはならないのと本件の場合も同様である。即ち住居侵入に関する刑法の規定は将来建物を占有して、之を利用して行こうという者を保護する規定ではなく、現在建物を利用している関係を保護する規定に外ならない。

検事は会社側は事実上工場を現実に占有することはできない。現実に占有を回復しようと思えば、法規によるの外ない。本罪の成立には看守した事実さえあればよいのであるが、看守していたことは明らかであるから、原判決は誤つていると主張するけれども、かゝる場合において会社側が適法に事実上の管理を回復するためには、国家機関の保護即ち建物明渡の債務名義を得て之を強制執行する方法にまたねばならないのは当然のことであつて、国家機関の法規による保護によつても事実上の管理が回復されないという理由はない。

原判決の法律の解釈も亦結局右説明の趣旨と同一に帰するのであつて、極めて正当である。たゞ本件の工場占拠はいわゆる生産管理の手段として為されたものであるから、当初の生産管理の開始が不法であれば、その後引続き住居侵入の事実が成立するのでないかと考えられるが、原判決も認定している通り、本件の生産管理は会社側の争議手段としての工場閉鎖の前日に始められているのであつて、之を不法のものと認めるに足る資料もなく、検事が建造物侵入として起訴しているのは、生産管理の実体がなくなつてしまつた後である昭和二十四年一月二十一日附会社側の退去通告後の不法占拠を指すものであることは、原審公判における釈明で明かであるから、不法の生産管理の開始による建造物侵入罪の成立を認める余地もないのである。

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